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診療科・部門

コラム③「亜鉛のご縁」


徐々にですが亜鉛診療の輪が浜松地域に広がっています。1つの病院やクリニックだけなく、地域で亜鉛の取り組むことが、皆の幸せにつながると考えております。コラム③「亜鉛のご縁」として、開業医の先生など、院外からの報告等を掲載していこうと考えています。今後、色々な職種の報告を予定しております。

亜鉛欠乏症の一例

幸田クリニック 院長 幸田 隆彦

【症例 65歳 男性 やせ型、仕事;清掃作業員】

 2024年7月に左前胸部~背部にかけて帯状疱疹が出現したことを契機に当院を受診。抗ウイルス薬と鎮痛剤を処方。1か月ほどで痛みは消失した。以前から食欲不振、倦怠感があって他院内科診療所を受診しており、精査目的で病院に紹介をされたこともあったが原因不明ということで胃薬などを継続処方されていた。当院でも胃腸の検査などを受けたいということで、2024年8月に上部消化管内視鏡検査、大腸内視鏡検査、腹部超音波検査を行ったが、食欲不振や倦怠感に繋がるような異常所見は認められず。H.pylori感染なし。採血検査では甲状腺機能異常、肝腎機能障害、貧血はなし。外来でもイライラしているのが解り、「どこが悪くて治らないのか?」といった質問を何度もしてくる状態であった。
 内視鏡検査で異常がないことを伝え、飲酒習慣があることから飲酒量を控えること、胃薬は服用しても効果が乏しいことから必ずしも服用しなくてもよいことを伝えると、そこから数か月受診されず。同年10月、喉のイガイガ感、咳、不眠が酷いということで再度受診。血圧140/80mmHg、飲酒も毎日されているのとのこと。胸部X線では明らかな異常所見なし。仕事で粉塵を吸うのでそれが原因で具合が悪いのではないか?などと自己分析をしているため、桔梗石膏とトローチを処方。すると服用している間は喉の調子が比較的良いということで、数週間に一度、薬の処方を求めて来院されるようになった。不眠症状に対しては、ベンゾジアゼピン系短時間作用型の睡眠導入剤・抗不安薬を処方するも殆ど効果なし。鼻炎症状に対してセレスタミンを処方したところ、精神的に安定して眠れるようになったということで、眠れない時にセレスタミンを頓用で服用してもらうようになった。
 桔梗石膏、トローチのオンデマンド服用、セレスタミン頓用(月10錠程度)で月1回程度の受診頻度となり数か月小康状態を保っていたが、2025年3月頃からこむら返りが頻回に出現するようになった。また、睡眠はある程度とれているにもかかわらず仕事の疲れがとれず、倦怠感、頭痛が悪化して仕事も休みがちになっているといった訴えもあり。こむら返りに関しては芍薬甘草湯を、頭痛に関してはロキソニンを頓用で処方して経過観察とした。こむら返りはその後に改善したものの、頭痛は月に何回か起きるということで、上記の薬にロキソニン頓用(月5-6錠程度)を追加して、約半年ほど経過。
 2025年10月にも倦怠感が強く、仕事の疲れが取れないといった訴えは相変わらず。食欲不振はあるが飲酒は継続中。2026年1月に採血を施行することとなり、血清亜鉛値を測定すると54μg/dlと低値であり、ヒスチジン亜鉛(ジンタス50mg/日)を開始した。
 ヒスチジン亜鉛の服用を開始して1週間ほどで疲労感や倦怠感が改善。体を動かしやすくなったということで、受診して以来初めてといっていいほどの笑顔を見せる。ヒスチジン亜鉛の服用をして1か月後には、喉のイガイガ感や不眠症状、頭痛もほぼ消失。桔梗石膏、トローチ、セレスタミン、ロキソニンは全て中止。以降はヒスチジン亜鉛のみ2週間処方して月に一度程度の受診となる。時々ヒスチジン亜鉛を服用していれば調子が良いということで、イライラすることもなく通院を継続されている。飲酒は継続しているようだが、食欲は回復。仕事も継続中。その後の採血で血清亜鉛値は正常化を確認している。

コラム作成者から一言

貴重な症例の報告をありがとうございます。
いくつものクリニック・病院にかかっても、なかなか症状の改善を認めなかった患者さんに亜鉛採血をし、亜鉛欠乏症と診断。亜鉛投与を始めたところ、1週間ほどで症状が改善し、今まで内服していた他の処方も不要となったとのこと。さらに「笑顔を見せる」とのことで、患者さんは本当に嬉しかったのでしょうね。笑顔を見た先生も幸せになったと思います。
今回の症例は1週間ほどで症状が改善しましたが、症例によっては数カ月かかることもあります。気長に処方を継続することが肝要です。
コラムのタイトル「皆で亜鉛を気にして 皆を幸せに」を具現化してくださったと思います。今後とも、何卒、よろしくお願いいたします。

亜鉛に対する国ごとの違い(米国・中国・日本)

今回のお話は、亜鉛の診断・治療には直接かかわらないお話しです。しかし、「亜鉛何て知らないよ」「亜鉛には興味がないよ」とおっしゃる方には、その理由がわかるかもしれません。お時間のある方は読んでください。

米国における亜鉛(Zinc)

欧米人の亜鉛に対する一般的な認識は「鉄は亜鉛よりやや毒性のある栄養成分であるが、亜鉛は、ビタミンCと同じか,それ以上に安全で体にいいもの」というものです。欧州食品安全機関(EFSA)という組織では、亜鉛は、ビタミンD、ビタミンC、ビタミンA、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸、鉄、銅、セレンとともに、「〇〇は免疫システムの正常な機能に寄与します」という表示が許可されています。また、トランプ大統領が前就任期間にコロナ感染にかかった時、亜鉛とビタミンDとメラトニン(安定剤)の入った点滴が投与されました。また、欧米では風邪薬のトローチやシロップにも亜鉛を含有したものが多く、介入試験も行われています(その報告では、亜鉛は風邪の症状が2日ほど短縮するということでした)。保険診療ではない欧米では、病気にかからないために予防意識が高く、亜鉛はその中心的な存在となっています。

中国での亜鉛(鋅)

亜鉛は16世紀ごろに中国で初めて精錬されました。2世紀ごろから仏像や貨幣に銅を含んだ合金があり、真鍮(しんちゅう)・炉甘石(ろかんせき)と呼んでしました。16世紀ごろ亜鉛の精錬ができるようになります。その方法ですが、炉甘石を粘土の坩堝の中に封入し、石炭・練炭を使用し、焙焼して炉甘石を溶かし、冷えて固まったところでるつぼを壊して金属を取り出します。この、精錬の作業が荒々しく、当時、中国沿岸を脅かしていた「倭寇」のようで、鉛に性質が似ていたので亜鉛を「倭鉛」と命名しました。また、同じころ、「倭鉛」をポルトガル語で「tutanaga(ツタンナガ)」といい、これが、日本語のトタン屋根の「トタン(止多牟)」の語源であるとされています。現在、中国語で亜鉛は「鋅」(シッ)と呼ばれており、これは、Zincの発音を漢字表記したものです。亜鉛は中国語ではなかったということです。

日本での亜鉛

日本では1712年江戸時代の大阪の医師が「倭漢三才図絵」という百科事典を作ったとき、「「止多牟」(とたん)は蕃語(外国語)なり、いまだ何者かを知らず、はなはだ鉛に類するが故に「亜鉛」と称す」と命名しました。実は、「鉛」は微量で人を死に至らしめる非常に毒性が強い物質ですが、これに「亜」という、準ずるという意味の言葉を加えて、人間の体に必要な物質にも関わらず「亜鉛」と命名されたのです。その後、日本国民はイタイイタイ病、水俣病等の金属が原因の公害病に19世紀に経験し「金属は体に悪いもの」という認識ができてきます。この命名を悔いた論文が2001年に「ビタミン」という学術誌で、日本大学 名誉教授 富田寛先生が「無学にして亜鉛が1713年の寺島良安の命名であることを, 1997年まで知らなかったのであるが, 有害金属の王「鉛」の親戚のごときこの命名が、人体にとって鉄など及びもつかない有益多彩な働きをしているにもかかわらず、かつての公害大国の日本において, 長い間亜鉛が白眼視されてきた理由である]と述べられています。この「亜鉛」という命名とその後の公害の経験が、私たちが亜鉛に興味を持たない原因かもしれません。
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